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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

吉祥寺と三鷹の回想録

    最近、吉祥寺と三鷹のキャラが被ってきているようである。

    吉祥寺が住みやすい街かどうかは知らないが、たまに行く分には悪くない。それに「吉祥寺に住んでいる」と言うほうが、「錦糸町に住んでいる」よりは印象の良い気がする。

 私は吉祥寺と三鷹のどちらにも足を運んだことがある。

   確か国際基督教大で学会があり、ゼミの先輩に「発表するから来てね〜♪」と告げられ、いそいそ向かったのだ。大学は最寄り駅から若干、いやけっこう遠かった。どこでバスに乗るかで友人と揉め、なかば強引に吉祥寺駅から向かったのである。

    あの界隈から足が遠のいて久しい。それどころか現在どうなってるか全然わからなかった。勝手なイメージを述べてみたい。

吉祥寺……井の頭公園、ハモニカ横丁、バウスシアター、路頭のミュージシャン、ウザい黒服、閑静な住宅街、家賃が高い。

三鷹……ジブリ森美術館太宰治JAXA国立天文台調布飛行場も案外近い。

 吉祥寺駅三鷹駅は中央総武線で隣接している。さらに吉祥寺駅京王井の頭線の、三鷹駅東京メトロ東西線の終着駅でもある。

   ちなみに吉祥寺駅武蔵野市三鷹駅三鷹市に位置する。井の頭公園は、実は武蔵野市三鷹市にまたがっているのだった。

 国際基督教大の門をくぐると、否くぐる前から、都心には珍しい豊かな自然と途方もなく広そうなキャンパスが臨める。青々と茂る並木道は、滑走路のようにまっすぐ伸びている。道の脇には小高い丘があり、学生からは「ばか山」「あほ山」などと呼ばれ親しまれているそうである*1

 出番のない私は非常に能天気である。「そこに山があるから」と勢いよく登ってみたところ、級友に散々ばかにされた。会場に到着する前からスカートで登ったのはさすがに無鉄砲だったかも知れない。学会のあとチャペルを見た。いささか緊張した。

   三鷹から帰ろう。とは、私も級友も考えなかったので、吉祥寺行きのバスに乗り込んだ。年端のいかないミーハーな女子大生がキャッキャウフフするには、三鷹は少々落ち着き過ぎていた。これが住みたい街と住みやすい街の違いといえるだろう。

友人「まず、駅前でバスキンロビンズでしょ!東急の化粧品コーナー!デパ地下!あ、あとおいしいカレー屋さんとパン屋さん!」

私「ブラックホールか」

 彼女は相当食い意地も張っているうえバズーカのように喋りまくるので、結局振りまわされてひととおり吉祥寺をまわってしまったような気がした。吉祥寺の特徴は大きな商業施設と個人商店のような路面店が融合しているところだと思った。

 吉祥寺〜三鷹とその沿線には大学がいくつかあるようだ。国際基督教大をはじめ、成蹊大、武蔵野美術大(通信部)、獣医大、武蔵野大、亜細亜大。ちょっと離れて東京女子大東京学芸大。足を伸ばして国立には一橋大。京王線沿線に明治大、東大(駒場)、その他諸大学、学校。……田舎者にはこれが限界である。

   吉祥寺の駅前にはギター片手に歌っている人、公園では大道芸をしている人、街の目立たない場所にこじんまりした美味しい店がちらほらある。

 それが一つ道路を隔てると高級自動車しか走っていない。街は学生に限らず、子連れの若い夫婦も多かった。皆ラフな格好をしているのにお洒落である。何坪かわからぬほどの豪邸も多い。吉祥寺の家賃の相場はかなり高そうだ。

 吉祥寺はのんびりお出かけするには良いが、住もうと思ったことはない。新宿・渋谷まで微妙に遠く、東西線は新宿に止まらない。

 新宿から、中野、阿佐ヶ谷、高円寺と西へ行くにしたがって、街の強烈な個性が徐々に中和されていくようだった。

 新宿から新大久保までは、キャッチとスカウトに遭遇しまくるのが関の山である。新宿に住むなら断然南の方だ。それを人は「代々木」と呼ぶ。

    中野は若手芸人の住む街というイメージがあった。家賃が安かったからである。商店街が充実していて、サブカルチャーのメッカでもあるらしい。中野のファンは多いだろう。

 高円寺といえば女子美大、南北をつらぬく商店街と独特の文化がある。民家がところ狭しと並びごちゃごちゃっとして軽自動車が一台やっと通れるかどうかという場所もある。引越しは大変かも知れない。

   その点、荻窪あたりは「生活のため」にはかなり環境が良い。住んでいる人々の年齢層が幅広い。吉祥寺よりは治安も良さそうに見える。ただ、若者にはちょっとだけ物足りないかも知れない。荻窪ラーメンは有名だが。

    有名観光スポット、アカデミズム、サブカルチャーが共存しているカオスな場所。南は世田谷、北は練馬、高層ビルがなくて空の広い街。それが当時の「吉祥寺」だったのでははないかと、私には感じられる。

 こだわりの強い人には、もともと吉祥寺は物足りないところではないだろうか。しかし、目黒ほどいかにも敷居が高いわけでもなく、渋谷より静かで、代官山ほどおしゃれすぎず、JR線とメトロと京王線が使えて、怪しげなハモニカ横丁があり、紅茶をはじめとするありとあらゆる専門店が軒を連ね、競争に負けた店が常に入れ替わり、制服姿のJKとJDがたくさん出没する点では(法政高校ってまだあるのかな)、手の届く範囲で憧れる街なのかも知れない。

 

 

 

……とかなんとか言いながら、井の頭公園で振られたのが一番強烈な思い出である。あれは吉祥寺だったのか三鷹だったのか今も判然としないし釈然ともしない

*1:真偽不明

シュレディンガーの消毒薬

手記>闘病記

4月22日(金)の夜から23日(土)

腹部全体(腹筋含む)の腹痛、激しい頭痛と若干の吐き気。物を食べても消化不良のまま下してしまう為食事を経口補水液に切替え。自覚症状に気づかぬうち姪に会ってしまったのが気にかかる。

4月24日(日)

38℃程度の発熱あり(平熱はせいぜい36.5℃である)。扁桃炎による発熱は39℃以上になることも多く、そこまで辛くはない。とは言っても頭痛と関節痛を免れることはない。重ねて胃腸の調子もかなり悪く脱水になりそうだ。

熱があって意識はそこそこはっきりしているのは精神衛生上誠に宜しくない。はやく眠ってしまいたいのに、睡眠薬の効果がなかなか出ない。あらゆる音楽が、ゴルトベルグでさえ騒音にしか聞こえない。頭が割れそうだ。いけないとは思いつつ中途覚醒の度何度も睡眠薬を飲む。うとうとする。起きる。服薬。やっと寝る。起きる。また服薬。

ふと考える。思い当たる節は。

1、卵。加熱が不十分だったか。サルモネラ?まさか。胃酸が強すぎて胃炎になるくらいだ。動物との接触もない。

2、ノロウイルス?魚介を食した覚えはない。飛沫感染か。だがノロウイルスに侵されてもバッハのカンタータを一曲弾いた実績があるから大丈夫*1

3、遅れてきたインフルエンザか。確かに電車に乗った。商業施設にも行った。1歳半の幼女に遊ばれた。特筆することもない普段の生活である。前例としてはセンター試験のときに実はインフルエンザで39℃の熱を出していたが生きて帰ったのでまあ大丈夫*2

 

4月25日(月)

頭痛と腹部全体の痛みは残るものの起き上がれるようになった。お粥を食べるがすぐに下してしまう。夜は無事眠れた。

 

4月26日(火)

今日は26日、風呂の日、火曜日。

冷凍室に突っ込んであった明治の個包装チョコレートを1枚食べた。いずれ下してしまうようにも思えるが「何か口に入れて噛んだ」ということが達成感につながる。金色の個包装紙で鶴を折る。斜めに折り三角をつくって余った端に爪で折癖をつけ、力が均等に入るようにパッと割く。さっきの三角の端と端をあわせてさらに小さな三角を…中略…指の丸みに沿って鶴の羽に緩やかなカーブをつけて出来上がり。

 

胃腸はやはりまだ回復していなかった。

いざ、はばかりへ。迅速になけなしの云々ポールで消毒対応。

ついでに溜めこんでいた衣類とタオルを洗濯する。ここで塩素系漂白剤を使うと白い布が大量生産されそうな気がして酸素系漂白剤で我慢。今ならそれもコムデギャルソン的オシャレに感じられるが…

いやでも自分の体液の付着する風呂場は避難区域である。あがったら早急に云々ハイター*3をこれでもか!!!と撒きちらし換気扇をつけ放置すること数十分。塩素のいわゆる「プールのような臭い」に頭痛と吐気が誘発される。

風呂トイレに窓がないのはやはり心許ない。

思考実験(混ぜるな危険)

 

トイレと風呂の換気扇がつながっているとする。ユニットバスでも構わない。

トイレに酸性洗剤、風呂に塩素系洗剤*4を撒き、換気扇をつける。 

ここで仮にトイレ洗剤を大雑把に塩酸(≒「塩化水素の水溶液」)と呼ぶことにする。

ちなみに塩酸は以下のように得たと仮定

水素と塩素の反応で塩化水素を得る

 


m H_2 + Cl_2 longrightarrow 2HCl

塩化水素は常温では気体。水に溶かすと塩酸という液体でいてくれる

塩化水素(HCl)+水(H2O)→塩酸(水溶液のなかでは電離している状態)

 
m HCl + H_2O longrightarrow  H_3O^+ + Cl^- 

その塩酸を便器にぶっかける

便器中のアンモニアと反応した塩化水素が塩化アンモニウムとなる




m NH_3 + HCl longrightarrow NH_4Cl

 

なお、塩化アンモニウムリコリスで味付けされた菓子は、日本ではタイヤ味として評判である*5

サルミアッキグミ(HARIBO社製) 蔑称:タイヤ

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▼原産国でもやはりタイヤと認識されているようである

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▼スーパーサルミアッキシュレディンガーが猫を殺すために用いた菓子である

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さて、残った塩酸の一部は揮発したり便器中の水に溶けたりするだろう。*6

トイレに充満した塩素ガスは換気扇の力によって風呂に届くかも知れない

一方、風呂では次亜塩素酸ナトリウムが崩壊しながら活躍しているところである

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次亜塩素酸は不安定なので何かとくっつきたがるようだ。

猫は未だ密室で腹を下して寝ている。

家主がドアを開けるまで、猫が生きているのか死んでいるのかは…

 

うっ

 

…厠ぁぁ…!!!

 


出典:

塩化水素 - Wikipedia

リコリス菓子 - Wikipedia

「混ぜるな危険」を混ぜてみよう

 

*1:自分の番以外は控え室で寝るかトイレに引き蘢るの二択だったが

*2:なぜか国語の点数が驚くほど下がったこと、周囲と職員室に迷惑をかけたのを除く

*3:塩基性洗剤;次亜塩素酸塩Na配合率約5〜6%

*4:だがアルカリ性

*5:検索して「ハリボー タイヤ」とサジェストされたらおそらくそれ

*6:仮に家主が劇物として濃度25%以上の塩酸を保持していた場合、煙が出る。この煙を密室で吸い続ければ猫は死ぬ

読書感想文が書けないという苦悩

阿呆科
特に小説はいけない。
文章のつぎつぎ織りなす情景に呑まれてしまって、読み終わった後しばらく何もできないままぼんやりする。
ともすれば、帰ってきた浦島太郎のようにうっかり玉手箱を開けてしまって
タチマチ  シラガノ  オバアサン
になっているかもしれない。
 
怖くなって洗面台の鏡をのぞき込むと一応顔と呼ばれる部分に目が2つ、鼻が1つ(鼻の穴は2つ)、口が1つ付いている。白髪になっているわけでも急に170歳くらいのお婆さんになって長寿記録を更新しているわけでもない。
本の内容をインプットし
→自分なりの適当に媚びた感想を添え
→わかりやすくアウトプットする
 
この至極当たり前のことが私にはできないのである。技術や読書量が足りていないか、或いは頭の毛が3本足りていないのか。
そもそも自分の思いなど、わかってもらえるわけがない。というのが私のスタンスであり、だからこそ感想文を書いてコミュニケーションの訓練をせねばならないのだろう。それは恐らく唯脳論を以てしても火を見るより明らかだ。
 
目の前のリンゴの赤が、全員に「同じ赤に見えてる」なんて馬鹿げたことは、養老孟司なら絶対言わない。ただ場を進めるために「同じ赤だ」または「同じ赤じゃないかもしれないけれど、私にはこう見えた」と決めつけていくことが大切だ。それを、1200字~2000字程度で実演してみせろという宿題が、読書感想文なのだと思う(個人的な見解)。
 
しからば、読者の立場も踏まえろということだ。猫に説明するには、原稿用紙はいまいち物足りないだろう。またたび、猫じゃらし、その他うってつけのおもちゃで説明するのが適当かも知れない。火星人が相手だったら、感想文の成立条件あるいは読書という文化の存在から確認すべきかも知れない。
 
また西洋方面の哲学者になると、古代ギリシアから脈々と連なる哲学のメンツを潰すな、わかりにくいようにわざわざ悪文を書けという圧力がかかるのだ。
「どうだ、わからねえだろう、愚民ども。ほら難しいだろう!恐れ入ったか!」と書くのである。
実はこれにはからくりがある。
さもなくば、全世界哲学研究者連合会の闇の会長みたいな人が合図をするのである。すぐに対象者はタイムマシンにのせられ、処刑されんとするソクラテスの傍に連行されるのである。そして一緒に毒杯を勧められる。
 
ソクラテス「ブルータス、お前モカ*1?」
ブルータス「いや、ホットのブレンドを」

 

こういったわけで、哲学書には悪文が多いという話でした
 
 
嘘です

*1:καὶ σὺ τέκνον