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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

『マルコヴィッチの穴』

映画

難しい映画だった。 


マルコヴィッチの穴 - 作品 - Yahoo!映画

あらすじ

マルコヴィッチの穴 - Wikipedia 

とあるビルの7と1/2Fに、俳優であるマルコヴィッチの意識に入り込める穴がある。穴に入ると、誰でも15分だけマルコヴィッチになる(身体を乗っ取る)ことができる。これを発見してビジネスにした人形師の主人公は大儲け!

しかし、じきに「誰かに自分を乗っ取られている」と気づいたマルコヴィッチは、知人をたどり自らその穴に入らせてくれと志願する。

穴に入ったマルコヴィッチが見たもの。それは…会う人全員が、マルコヴィッチ、マルコヴィッチ、マルコヴィッチ!

その後も彼の体は多くの人に乗っ取られ続けるのだ…。

私は、こんな解釈をした。

  • 他者を知ることはできない。究極的には「自分が勝手に解釈した他者」を知ることしかできない。近代の西洋哲学が他者を不可知としたように。マルコヴィッチ自身が、穴に入って見た光景はそれではないか。
  • 自分の意識すら、実は自分だけのものではない。私たちは、他者(先人たち)の肩を借りて生きている。 「学ぶ」という言葉は「真似る」がもとになっているというが、はじめに、言葉を学ぶ=借りる。そこでやっと「考える」ことができるようになる。社会で生きられるよう、親や周囲の人々から行動規範を借りる。コミュニケーションや読書やメディアから、考え方を借りる。本当に「自分が為した」といえるものは、果たしてどれほどあるのだろうか?

マルコヴィッチの穴に入っていったたくさんの他者たちが、それらを象徴している。しかも、その他者たちは、おそらく脈々と、人の体を借りて生き続けることになる。

他にも、色々な意味にとれるだろう。

一世を風靡した、ドーキンスの「生物は遺伝子の乗り物説」に当てはまるかもしれない。社会や文化を伝えるという「ミーム」という概念に似ている。 さらには、進化の過程を辿るという、胎児の成長の過程にも似たところがありそうだ。母胎の中で何億年もの歴史を踏襲し、全て受け継いだ上で、私たちは人間の姿で生まれる。そしてまた、次の世代へと歴史を伝えていく。

てか原題がBeing John Malkovichじゃんw

これがbeingってことなのか、と思いました。現時点ではこの程度の解釈しかできないが、記録としてメモしておこう。

どうせこの感想も、誰かの言葉の焼き直しである。