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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

お金で幸せは買えるか

手記>TOKYO

「『お金で幸せが買えるか』というパネルディスカッションがあり、その問いの立て方はナンセンスか否か」

という話を知人とした。
 その知人は教員であり、立場上(理想論として)ナンセンスだと言わざるを得ない部分があるようだ。
 一方、会社勤めという資本主義のなかにいるとお金で幸せになれる人が一定数いるように段々思えてくる。私は、お金という対価を支払って幸せを買うことが可能で、さらにはお金を手に入れること自体幸せの目的になりうると考えることが多い。 
さらに、仮に幸せをお金で定量的に測れたら「他者との比較」ができる。お金の量=幸せの量という価値観を持った場合、「お金」はあるに越したことはない。非常にわかりやすく力のあるものだろう。対して「他者と比較することのできない幸せ」を自分なりに定義づけることができれば、お金にしばられない幸せを手に入れられるような気がする。
 
 幸せか否か以前の問題で、幸せを受け容れる土台があってはじめて、幸せを感じることができるかもしれない、ということを念頭においたほうが良いと思った。
「可視化された幸せしか感じられない」ということは、実は、不幸という相対的な裏打ちがなければ幸せを感じ得ないというジレンマに陥っていることのあらわれかも知れない。
幸せは感性によって生まれるもので人の数だけ違う幸せがあるといいな、と、日々思ったりしている。