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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

他者云々 前提その2

文科>西洋哲学 医学>精神医学

カント先生の話

問「人間は何を知り得るか?」

カント「人間の認識は制限されたもの→物の本質を掴む能力はない」

「主観/客観」の枠組みで考えるとしたら、「物自体」と「現象(人間側の認識/経験)」を切り分けて考えるべき。少なくとも認識の成立と対象の成立は同時的だけど、個々の感覚の結合の仕方は偶然的。だから「受容した感覚を結合する形式」が人間の意識に(普遍的に)備わってないとまずい。

それが

・空間、時間(感覚が与えられるときの配置のされ方)

・カテゴリー(対象の規定、他の対象と関係づけるまとめ方)

・構想力(感覚の複合体を結びつける力)

・これら意識の統一原理としての「統覚(=「私」が意識しているという自己意識)」←メタ認識の最たるもの 

今の私=精神疾患という状態からこの形式を眺めると、特に「統覚」(もしかしたら「構想力」も)がうまく機能していないと言えそうだ。この件はまたあとで詳しく書きたい。 

 

その後、フッサール先生の話(現象学

フッサール「認識と対象の一致を確かめるのは、人間には原理的に不可能だよね。認識って心的体験だし主観的なものだから、認識される客体と対立しちゃう」

近代哲学の前提「主観/客観」図式が他者を捉えそこなっている理由は、「私」以外の存在を認められないから。その主観VS客観という視点をどうやって変更するかが現象学のテーマ

 

つづく(といいな)