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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

「意味はどこからくるのか」その3

医学>精神医学 文科>西洋哲学

個別感覚の総合≠対象を「感覚する」経験

 

前提1:「感覚する」→「感覚を経験する」と換言

前提2:「個別感覚」は、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚など知覚一般を指す

 

仮説:個別感覚は、単に集約されただけでは各々の感覚がそれぞれ伝達されているに過ぎない。共通感覚が個別感覚を統べることではじめて、感覚は「経験」される

→対偶をとって、個別感覚が集約されてるのに経験が成立しないなら共通感覚がない、を証明すればいいんだよね。


事例:共通感覚を失った状態(全ての「経験的な世界」から解放されている状態)に最も近いとされる症例を示す。

 

離人症:「現実感の喪失」を主訴とする精神疾患

離人症性障害: 解離性障害: メルクマニュアル 家庭版

 

症例1:W.ブランケンブルク(ドイツ/精神病理学者)が提示した面接記録の一部を引用。

www.msz.co.jp

患者:アンネ•ラウ(女性)/20歳時に睡眠薬による自殺未遂で入院。3人兄妹の2番目。乳児期に身体的な病により保存的治療を受け一時的に言葉等の発育が停滞するが、その後は順調に成長。幼い頃から行儀のよいもの静かな性格。母親によると、父親は暴力的であり、兄妹のうちでアンネが一番被害を受けている。

 

面接記録: アンネ《私に欠けているのは何なんでしょう。ほんのちょっとしたこと、ほんとにおかしなこと、大切なこと、それがなければ生きていけないようなこと…。(略)私にはごく簡単な日常的なことがらについてもまだ支えが必要なのです。》ーー《私に欠けているのは、きっと自然な自明さということなのでしょう》(それはどういう意味?)《だれでも、どうふるまうかを知っているはずです。……動作とか人間らしさとか対人関係とか、そこにはすべてルールがあって、だれもがそれを守っているのです。でも私にはそのルールがまだはっきりわからないのです》ーー《人間ならばちゃんと必要なこと、それがないのです……》

 

 

症例2:木村敏(日本/精神病理学者)が提示した記録

www.kinokuniya.co.jp

患者:日本人女性/23歳時に睡眠薬による自殺未遂で入院。父親が皮革業者。その他は整った環境で生育。小柄、痩せ型、知的な印象。内向的。高校生時代、父の職業に関して侮蔑的発言を受け、それがきっかけで発症。

 

面接記録:「自分というものがまるで感じられない。自分というものがなくなってしまった。……私のからだも、まるで自分のものでないみたい。……以前は音楽を聞いたり絵を見たりするのが大好きだったのに、いまはそういうものが美しいということがまるでわからない。音楽を聞いても、いろいろの音が耳の中に入りこんでくるだけだし、……何の内容もないし、何の意味も感じない。テレビや映画を見ていると、本当に妙なことになる。こまぎれの場面場面はちゃんと見えているのに、全体の筋がまるで全然わからない。…」

 

 

考察:

上記症例の比較より、離人症は、ドイツや日本という民族的・文化的違いを超えて、普遍的な症状を示しているといえる(=さらにいえば、人間誰もがこの症状に陥る可能性をもつ)。

健常者にとっては当然なため看過しがちな「自然な自明さ」や「現実感」は、離人症によって損なわれることで、いっそう明らかになる。

上記症例から判断するに、離人症患者の個別感覚そのものに問題は起きていないが、社会的判断力に大きく関わる「文脈」「全体の筋」(時間とともにあること?)を受けとる機能が失われているようだ。

この失われた機能が「共通感覚」なのではないだろうか。


結論:

個別感覚の集合(知覚直観と換言できそうだ)は、そのままでは経験されない。さらに「自分がない」「こまぎれの現在があるだけ」という気分までもたらす。

共通感覚が知覚の束を統べてはじめて、感覚が経験され、「自分」が自明になり、こまぎれの現在たちの間がつながり、時が流れるようになるはず。


よって

フッサール現象学が起点に据えた「知覚直観(エポケーの後に確保されている純粋意識)による世界構成」は、成立そのものが疑わしいと言える。

 

今日もそろそろ、オムカエデゴンス。。