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猫日記

ほら、だから猫に文章を描かせるとこうなるんだ

下世話な話

シーモネーター

トイレ我慢vs食欲我慢


まぁ、セックスの話なんですが。
セックスを我慢するということの重大性には男女差があって、噂によると、男性はトイレを我慢しているような感じで、女性は空腹を我慢していような感じらしい、と聞いたことがあります。
 
そりゃトイレのが緊急だよね。もうそれしか考えられないよ。一刻を争う事態だよ。空腹も確かにやばいけど、飢餓状態までいかなきゃ我慢できるもんね。あるいはピーク越えて食欲なくなっちゃうときあるし。
 
出会い方が偶然にしろ必然にしろ、男性の立場に立てば、女性はトイレのようなものかもしれないな。
 
選ばれた人しか利用できないハイクラスな施設のトイレなら、それこそ長居して本でも読みたいくらいだろうな。切羽詰まってるときは暫く管理されてなさそうなボロボロの公衆トイレでも我慢するわ、って感じ。
 
仮に切羽詰まった時のために、そういう割り切った関係の相手を作っておいたら、公衆トイレは滅多に使わないだろうし、もしかしたら支部みたいな感じで女の家渡り歩いて暮らせるよな。
 
女性は……いや、私なら、余程飢えてない限り選り好みしてしまうよ。ストライクゾーンが狭いんだよな。リスク犯してまずい飯食べるのはつらすぎる。
 
なんやかんやで、そういう雰囲気になっちゃうときは、常に「こいつとの遺伝子残したい?」っていう問いを己に突きつけられてる気がしている。でもだいたいそのときには判断ついてて、甘んじて受け入れる気概がなきゃそもそもそんな誘いについて行かないな。
 
一方で、ストレスの捌け口というか防衛機制の一環として抱かれることもあったように思う。その動機は「子供の頃のように抱き締めてほしい」という退行欲求なのかなと感じている。
そういうときは必ず、ことが終わったあと「抱き締めて欲しいと願った私は、そのために消費されたんだな」と、虚無感に襲われるのだ。
 
それでも寂しがりなことに変わりはないから、「この相手になら消費されても構わない」ような…そういう人だけが入れる、特別なトイレに…私はなりたい。
(結局便所に変わりはない)